好きなものを好きなだけ

GACKTとジャニーズを行ったり来たり

自己紹介〜GACKT編〜

何書けばいいのか早速行き詰まったので、安易に自己紹介でもしてみよってやつ。

私は平成元年生まれの26歳である。(あと1ヶ月半くらいで27になる)ジャニーズで言う所の桐山世代ってやつ?玉ちゃんとか藪くんと同学年ってやつです(ザ適当。)

簡単に今までのファン経歴を記しておくと

小5(小4で実は出会ってた)でGACKTに堕ちる
中学でV系にハマる(アンチジャニーズだった)
高校のときKAT-TUNがデビューする。上田竜也くんを見て当時GACKTに通ずる美しさと可愛さにジャニーズも捨てたもんじゃねーなと見直す(上目線)
GACKT一筋で生きてきたわたしが24歳の冬突然Kis-My-Ft2に出会って即泥沼に沈む
ジャニーズの世界にまんまと肩まで浸かりど新規のくせに軽率に掛け持ちとかし始めちゃってる


ってな感じです。何これ。文字にするとひでぇなこの生き様。我ながら可哀想すぎる。

私は人生の大半GACKT様と共に生きている。現在進行形。様とか言っちゃうくらいには泥沼に浸かってるし這い上がれる気はしないし這い上がる気も無い。今はね。
世間の人たちからしてみればGACKTってまだ生きてたんだくらい過去の人っていう感覚なんだけどどうなんだろう。まあファンからしてみてもそのくらい最近は音楽活動そっちのけで迷走してるしファンに対してえげつないぼったくりイベントとかしちゃってる。
そんなGACKT様は今年ソロデビュー17年目を迎える。ソロになる前はMALICE MIZERの第2期ボーカルとして約3年程活動していた。

私がGACKTに出会ったのは小5の時、何気無く見ていたMステである。因みにその当時はGacktと小文字表記だった。ランキングで流れていた「君のためにできること」を聴いて何だか無償に興味が湧いた。その時は本人が出演してたかどうかはもう記憶に無いが、GACKTのあの美しい容姿では無く声に物凄く惹かれた。それからしばらくして何かの音楽番組で歌っている彼を見た。

よく使われる言葉で言えば、雷に打たれたみたいに全身に電気が走った。

後にも先にもこんな感覚は無いって自信をもって言うけど、本当にビビビッって一瞬で彼を一生追いかけたいと思った。
それは私が初めて目の当たりにする美しい顔で、瞳の色は青く澄んでいて何を考えているのかわからなくて(当時カラコンなんて知らんかったし)その目を見つめていると石になってしまう様な程冷たかった。今では考えられないくらい細く真っ白な身体をしていてそれはそれは…実はマネキンだよって言われても疑わない2次元のような人だったのである。
そして何より初めて聴いた「君のためにできること」を歌う人はこんな人かなというイメージ通り、いやそれ以上のビジュアルが私にドンピシャだった。結局のところ顔で沼に落ちた。顔ファンじゃないですなんてドヤ顔するつもりも無いしむしろドヤ顔で顔から入りましたと言いたい。だってあの時のがくちゃん最高じゃね?なんつーか…最高じゃね?(語彙力)
その当時はまだ携帯なんて子供が簡単に持てる時代でも無いし、パソコンなんて金持ちの家にしか無いでしょって時代(だよね?)だったので、コンビニや本屋で雑誌を片っ端から立ち読みして彼を探しては新聞のテレビ欄にしがみ付いて彼の名前を探した。ビデオテープにひたすら彼の出ている番組を録画して、擦り切れるほど見返した。後々知ったが実は彼の歌で初めて聴いたのはvanillaだった。何かのエンディングで流れてて、♪あーいしてーもいーかあぁぁぁいの「かあぁぁぁい」で聴いたことのないビブラートが聞こえてきたのでこれ歌ってんの誰?って思ってたんだった。
それからは私は周囲にGACKTファンである事を堂々と公言し、その当時大ブレイクしていたモーニング娘。などには目もくれずに生きてきた。おかげで友達を失いはしなかったがさっぱり話にはついていけなかったしついてきてくれもしなかった。
親には本気で心配された。その当時の事をたまに母親と話すのだが、母親は「どこで育て方を間違えたのだろう」と思ったそうだ。ひどい。GACKTってそんなにイケナイ道だったのか…。普通じゃなかったのか…。
とにかくそれでも私はGACKTに出会えた事に今でも感謝しているし、当時の自分にもグッジョブと言いたい。
それからGACKTだけをひたすらに追いかけて来た。誕生日にはCDやDVDを買ってもらい、親戚から正月とお盆でもらったお小遣い(我が家はお小遣い制度がなかった)で悩みに悩んで選んだ私的最高ビジュの雑誌を1冊だけかって次の雑誌を変えるまでの間毎日眺めていた。金持ちの友達をまんまとGACKTファンにしてやったので家に遊びにいってはパソコンで彼がパーソナリティをつとめるラジオをひたすら聴いてキャーキャー言っていた。(彼の声ほんと音量最大にしても聴こえなくて友達とスピーカーにへばりついて聴いてた。わかるよね?ファンの方々 笑)
歌手がライブというものを演るというのをそのとき初めて知ったというか意識し始めて、GACKTのライブに行かせてくれと親に泣いて毎年頼んだ。わたしは東北のど田舎生まれど田舎育ちなのでもちろんそんなど田舎の親には毎年ゲンコツ食らいながら反対された。高校の時に反抗期もあってか、2006年クリスマスのディアボロスの東京Dに金持ちの友達と親に黙って行こーぜってなってチケットも取ったのに、友達に直前で彼氏が出来てドタキャンされたのは今となってはいい思い出である。
幻の初ライブ…GACKTにとって最初で最後の東京D公演……(実は未だに根に持ってるというのは秘密)

『自分で稼げるようになったら自分の力で行きなさい』

本当にその当時は親を憎んだし、中学のとき同じクラスに親がGACKTファンだからといって横アリ行ってきた子がいてそれを聞いた時はその子のことが一時期大嫌いになった。(中学生って本当にクソ単純で笑えるね…)

でも今となってはその言葉がすごく身に染みる。そのおかげか初めて行ったGACKTのライブ(もちろん人生初。19歳の時のRRII仙台公演)は今でも鮮明に覚えているし、もちろん号泣したし、何よりライブの為にオシャレしたりチケット代稼ぐのってこんなに苦労するんだなってお金の大切さを感じさせられたのでした。まぁそれが今や湯水のように金をGACKTとジャニーズにばらまく大人になり腐ってしまったのだけど。あの頃の自分は本当に純粋だったなぁ。たったあの1公演で毎日が幸せで、遠征とか多ステとか頭になくてまた次のツアーに思いを馳せてはバイトと学業に専念出来てた。

まだ学生のジャニヲタ達に言いたい(Gファンはごくごく少ないと思うので)のは、今のうちからコンサートに行けるって事がどれだけ幸せかということ。親の理解と協力がないと絶対にできないことなのだ。
だからこそ一丁前にチケット代ツムツムとかしてる奴らみると頭にくる。同い年の子らでコンサート行けない子をどこか見下してるのも頭にくる。(一部の人たちに対してだけね)コンサートに来るなとは言わないけど、その辺ちゃんとわかって親に感謝した上で周りに迷惑かけないで楽しめ。(誰目線だ…偉そうにごめんなさい)親孝行しろ(自分にも言い聞かせてる…孫の顔まだ見せれなくてごめんな…)



とまぁそろそろ自分語りがひどくなってきたので一旦この辺で。
次はGACKTと並行してV系にハマってたときのことでも書こうかな。いつになったらジャニーズの事書けるのだろう。(ここ2年でジャニヲタに変身したので)ってか書いてるうちにどんどん昔の黒歴史が蘇ってきて苦しい。墓場まで持ってく勢いで記憶の奥底にしまってあった記憶達…。



やっぱり文字にして残すってヲタ卒にはすごく効果あると思う。